カブのリゾット

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カブのリゾットを作りました。 リゾットは生のお米を煮ながら作ります。

野菜でとった出汁(ズッキーニ、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいも、

ミニトマト、カブを丸ごと鍋に入れ、弱火で水から1時間ほど煮ます)と、

野菜のブイヨンの素(香草、ズッキーニ、にんじん、オリーブオイル、塩)で

味を出します。ブイヨンの素は夏に材料を煮てペースト状にして瓶詰めにし、

冷蔵庫にストックしておけば、何年でも使えます。固形ブイヨンと異なる

やわらかい味わいは、野菜でもちゃんと出汁がでることを表しています。

日本で牛肉の出汁をとるのは大変だし、もしがんばってとったとしても、

たぶんリゾットにはもったいなくてそのまま飲んじゃうでしょうから、こういう

ものを一度作っておくと料理のサイクルに新しいメニューがいくつも加わって

レパートリーが広がります。

ペルージャ大学

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ペルージャ大学農学部の建物です。元は中世の修道院だったそうで、

荘厳な雰囲気です。中も天井が高くて壁が厚く、こんなところで勉学に

励めるなんてすばらしい環境です。

今回ペルージャ大学の栄養学の教授にオリーブオイルやその調理法に

ついてインタビューをしてきました。今まとめている最中です。

3枚目は大学の庭にある中世から続く畑です。中心にオリーブの木が

あり、そこから放射線状にミントやタイムなどのハーブやルリヂサなどを

栽培しています。 各植物はどの位置にどの植物が良いか計算されている

そうです。大変興味深い滞在でした。早く発表できるとよいです。

Le Temps Des Cerises

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店のさくらんぼがなっています。この時期聴きたくなるのが、Yves Montand

(イブ モンタン)のLe Temps Des Cerises (さくらんぼの実る頃)。

モンタンはトスカーナ出身でやっぱりイタリアっぽいなー。60代とか

かっこいいですね〜。

夫にあなたも60代よかったわよと言ったら、80代はだめかしら、と

きかれました。80代はレジェンドと言ったら笑ってました。

オリーブの花のつぼみもなってます。

もうすぐかな。

こちらが夫に訳してもらったイタリア語の歌詞です。

やっぱりフランス語と似てるなあ。両方しゃべれる人が

多くて、友人たちとの食事にはいつもフランス語が飛び交って

ました。ああ フランス語もわかりたい・・・。

夫の美しくてわかりやすいイタリア語はさすがです。

1. Quando canteremo la stagione (o il tempo) delle ciliege
e il gaio usignolo e il merlo burlone
saranno tutti in festa!
le belle (ragazze) avranno la follia in testa
e gli innamorati (avranno) il sole nel cuore!

2. Quando canteremo il tempo delle ciliege
il merlo burlone fischierà ancora meglio.

Ma è molto breve il tempo delle ciliege
quando noi due le raccogliamo
per farne orecchini
simili a ciliege d'amore.
Cadono sotto le foglie come gocce di sangue...
Ma è molto breve il tempo delle ciliege
pendant di corallo che raccogliamo sognando.

3. Quando verrà il tuo tempo delle ciliege.
se hai paura dei dolori d'amore
evita le belle (ragazze)!
Io che non temo le pene crudeli
non vivrò mai senza soffrire neanche un giorno...
Quando verrà il tuo tempo delle ciliege
avrai anche tu le pene d'amore.

4. Amerò sempre il tempo delle ciliege
è da lì che viene la ferita aperta che conservo nel cuore
La signora Fortuna, che pur mi si è offerta (???) ,
non potrà mai fermare il mio dolore.
Amerò sempre il tempo delle ciliege
e il ricordo che conservo nel cuore.

村の食料品店

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家の近所にできた新しいお店です。トマトは常に何種類もあります。

作る料理によって選べるのがうれしいです。 日本ではあまり

見かけませんが、冬から春にかけて、ウイキョウもよく食べます。

オリーブオイルとの相性も抜群です。生もおいしいですが、家では

オリーブオイルでやわらかく炒めて最後に醤油を少々入れて味付けし、

炊いたお米と一緒に食べていました。 野原を歩いているとどこからともなく

ウイキョウの香りがしてきて、野生のウイキョウをよく見かけます。

肉料理などの香り付けにも大変重宝します。ラディッキオやポロねぎ、

パプリカや栽培のアスパラなど、どれも1キロいくらの値札が貼ってあり、

自分のほしい量だけ計って購入できます。玉ねぎ1キロ1ユーロ40セント

(約180円くらい?)って、安いなあ・・・。

チーズやハム類もおいてあり、大型スーパーとは異なる良さがあります。

たくさん買いすぎて帰れなくなり、犬と荷物と一緒に車で家まで送って

くれました。

イタリア滞在

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久しぶりに、ウンブリアの自宅に行っていました。散歩日和で気持ちよく

歩いていると、近所にロバがいます。

このあたりにはロバが結構たくさんいます。今も山で薪を運んだりします。

トラクターが入らない狭い傾斜のある場所ではとても助かります。でも

ロバって、子供の頃日本であまり見たことなかったなあと不思議に思い、

調べてみました。すると、もともとはアフリカノロバを古代ローマ人が労働を

目的に運んできて広まったそうです。ロバは少しの水と少量の食糧でよく働く

そう・・・ってほんとに労働目的過ぎる説明です!かわいいのに、と思ったら

きれいとは言い難い、ものすごい鳴き声です。美しい馬と生まれの違いに唖

然とします。ロバって童話などでもあまりよいイメージでは描かれていませ

ん。日本で労働力として広まらなかったのは謎だそう。ロバの肉を食べるレス

トランもたまにあります。 労働と食糧、頑固で融通がきかない性格、でも

とっても愛嬌があって優しい顔。ひとなつっこくて大好きです。

丸鶏

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先日、いつも買っているスーパーの鶏胸肉を切っていると、

妙にヌターとしていて、なんとなく気持ち悪い。

でも捨てるのもなんだし、気のせいだと思い直して食べてみると、

いつもと違う変な食感で、気持ち悪さが確信に変わってしまいました。

ウンブリアで食べていたみたいなおいしいお肉が食べたいな。

ネットで探しまくるも、鶏肉の良いのは牛肉並みに高いなあ。

しかしよく見ると、1羽丸ごとなら2700円くらい。これなら、

さばいたら鶏ガラもあるし、いろんな部位を合わせてもスーパーで

買っていると差はないと思い、思い切って購入しました。

一羽丸ごと、見事な佇まい。7年ぶりくらいに鶏をさばいたら、

あら不思議、あれよあれよという間にきれいに切れました。

自転車とおなじで、久しぶりでも体が覚えているもんです。

気持ち悪いと思われた方、申し訳ない。でもご安心ください。

このお肉は今から唐揚げやら中華炒めやら、いろんなお料理に

変身致します。



パンペパート

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パンペパートを作りました!

パンペパートはウンブリアの田舎の人々に習ったもので、

16世紀から作られているクリスマスの伝統菓子です。

たくさんのナッツ類、中東から運ばれた貴重なスパイス、

モストコット、はちみつ、エスプレッソなど多くの

材料を使っています。

モストコットはぶどうを煮詰めて作った天然の糖分です。

この液体を樽に詰めて熟成させ、バルサミコ酢が

作られます。

当店のハチミツ、ナッツ、手作りの

ブラッドオレンジピールも入っています。

贅沢な材料をふんだんに使った、クリスマスから

バレンタイン、春の復活祭にかけてのお祝いのお菓子です。

ピリッと胡椒の効いた味は、ワインやウイスキー、

ブランデーにもよく合います。

薄く切ってお召し上がりください。

1200g  ¥2.000

原材料:

チョコレート   カカオパウダー

くるみ  ヘーゼルナッツ 松の実

オレンジピール 干しブドウ

モストコット エスプレッソ はちみつ(アカシア) 

グランマニエ  黒コショウ シナモン ナツメグ

小麦粉 砂糖

期ウンブリア便り

期ウンブリア便り 2009年9月から1年間の予定でピエルサンティ一家は日本に滞在します。Kyokoからのたよりは東京発ですが、使い慣れた「ウンブリア便り」を題に使います

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記事一覧

南イタリア旅行1

南イタリアで出会った人々1

アルタムーラの夜

 7月の終わり、南イタリアへ旅に出た。朝起きてからなんの計画も立てず、着替えと洗面用具、地図を持ち、南に向けて出発。車だから、何時にどの列車に乗って何時について、と考えなくてよいので楽だ。私もシルヴィオも計画を立てられないたちなので、大体いつもあっちの方に行こう!と無計画で出発する。
「もし計画を立てても、途中で気に入った場所があったらどうするんだい」というのがシルヴィオの意見だ。

 アドリア海側からバリまで高速を走り、そこからアルタムーラという街に着く。ここ数日イタリアは猛烈な暑さで、高原のすずしい気候に慣れている身にこの暑さはキツイ。

 シルヴィオが車の中から、背の低い、日に焼けたおばあさんにホテルの場所を訊ねると、無言で眼鏡の奥からじ〜っと私達を見つめ、そしてくるりと後ろを向いて行ってしまった。変なよそ者が来たと思ったのだろうか。あっけにとられてシルヴィオと顔を見合わせた。よし、気を取り直して次! やはり色の黒い、ヒゲを生やしたおじさんに、「〇〇ホテルはどこですか」と訊ねる。すると「何しに行くんだい?」と逆に質問された。「だからホテルなんだけど」とシルヴィオが言うと、「だから何をしに行くか言ってくれないと答えられないじゃない!」と怒られた。面白すぎる。そしてようやく私達が旅をしていて、泊まるところを探していることがわかると、急に親切に教えてくれた。
想像していた以上に北部、中部イタリアの人々と様子が異なっていて、実に興味深い。

 この街にはハヤブサがたくさんいる。鳩や雀と一緒に飛んでいるのが見える。夜外にでると、いきなりハヤブサの糞が頭に落ちて来た。慌ててホテルに戻ってシャワーを浴び、もう一度気を取り直して外に出る。
地元の料理が食べられるレストランを探して、教えてもらった通りを何度も行ったり来たりするが見つからない。開店はだいたい夜8時半から9時くらいだと聞いている。うろうろしているうちに9時5分前になり、道端でイスに座っている連中に聞いてみると、「ここだよ」と言われた。さっきから5、6回前を通っていたが、真っ暗で電気がついてないので、レストランとは思いもよらなかった。店の人は「あと5分したら開けるから待っていて」と言ってどっしり座っている。
ようやく開いて入ると、店の主人はテーブルに腰掛けて食事をし始めた。接客は若い娘と息子、それに中学生くらいの子供。アルタムーラはパンが有名なところだ。さっそくでてきたパンとチーズを食べると、キメの細かいほんのり黄色っぽいパンがほんとにおいしい。小麦の味が、ウンブリアで普段食べているパンとまったく異なる。小麦粉と水、塩、イーストだけでここまで違うものができるのだから、パンにはいつも驚かされる。まわりを見回すと、ウエイター(息子)が知り合いのお客さんの横に座ってしばらくしゃべりこみ、遠くからヒゲを生やした男が時々私達の方を見ている。この男は会計の時もじっと見ていて、目が合ったのでシルヴィオと一緒にさようなら、とニッコリしてみたが、グッとつまって、でも目だけは相変わらずジロジロとこちらを見ている。世間様向けの笑顔とかもちあわせていないところがまた、土地柄を表していて面白い。南イタリアに親戚がいる知人が、無口でよそ者を信用しない、でも会いに行くたびに姑さんが毎日異なる手打ちパスタでもてなしてくれると、話していたのを思い出した。

 夜も暑くてなかなか寝付けなかったが(ホテルのクーラーは音ばかり大きくて全然きかなかった)、明け方ハヤブサの声で目が覚めた。東京でカラスの鳴き声で目覚めるのとはえらく違う感じだった。

南イタリア旅行2

南イタリアで出会った人々2

お昼ごはん

お昼ごはん

 次の日はアルタムーラから北へ、ぼちぼちウンブリア州に向かって行くことにした。プーリア州に入ってから途中、延々とオリーブ畑が続いていた。ウンブリアと違うのは、オリーブの木以外あまり緑がなく、特に海岸沿いに行くほどカラッカラに乾いた土地なことだ。夏のこの暑さでこの乾燥具合は結構つらいだろう。それでも内陸にいくとブドウ畑などもチラホラ、ワシが飛んでいるのも見えてきた。途中お昼ごはんを食べることにしたが、小さな村ばかりでなかなかレストランがない。せっかく南まできているので、バールでパンを買うのはそっけないなあと、ある村で反対斜線をすれ違った車のおじさんに尋ねてみた。「この辺にどっかお昼を食べられるところはないですか?」「おお、それなら坂の下の右にあるロベルトのところへ行ってみな!」「店に行ったらアルフレッドの紹介だといいな!よくしてもらえるよ」「あ、ありがとう・・・・」

 私はイタリアに住んでから14年、いつもこの「〜さんの紹介だから」というフレーズに疑問を持ってきた。なにしろたった今車ですれ違っただけなのに、まるで古くからの友人を紹介するようにしてもらっても、店の人だって信用しないんじゃないかと思うのだが(アルタムーラのおばさんみたいに無視されるよりはいいけど)。でもこの“〜さんの紹介”というのはイタリアではかなり重要で効果も抜群だ。旅の情報から、就職の時など人生の重要な分岐点まで、ほんとにいろんなところで遭遇するのだ。

 さて、すれ違ったアルフレッドさんの言う通り、坂の下に行ったらバールが一軒あるだけだった。なんだあ、お昼はやっぱりバールかあ、とがっかりしながら中に入り、「ロベルトさんに聞きました、お昼に何かありますか?」とシルヴィオが聞く。するとメガネをかけた太っちょのおじさんは、「ああ、ロベルトの紹介ね・・・」と喜ぶ様子はまったくない。 モソモソとそっけない返事に、「うわ〜、もしかしてこの人、ロベルトさんのこと嫌ってたりして」などと不安になっていると、店の奥に案内してくれた。そこには大きなガレージのような扉があり、なんと中を開けると、とても広いスペースにテーブルがたくさん並んでいた。うっそー、こんな隠し部屋レストランが裏にあったとは。これならちゃんとしたごはんが食べられると期待も膨らむ。席に着くと、シルヴィオが「何を食べさせてくれますか?」と尋ねた。なるほど、こういったところはメニューがないのが普通らしい。「うちのが作った手打ちのショートパスタを、庭で採れたトマトで和えたものなら。あとこれも手作りのタラッルッチ(乾パンのように固い小さなパンで、輪になっている。前菜などにつまむ)もあるかな。」と言っていそいそと厨房に入っていった。そしてタラッルッチと大きなグリーンオリーブの実がテラコッタの小さな入れ物に入ってでてきた。オリーブの実とこの固いパンをかじっていると、パスタもでてきた。ほんとに家で作った料理と同じように、トマトとパスタの自然な味だけでおいしかった。 外食続きで疲れた胃も元気になって、なんだかほっとした気分だ。あとからかわいらしい奥さんも出てきて、自家製のオリーブオイルも少しわけてもらった。ウンブリアから来たというと、「ウンブリアのオリーブオイルおいしいですよね」といわれてちょっとうれしかった。ウンブリア地方に住んで10年、別の州に行くと、いかに自分はウンブリアになじんでいるのか実感する。日本でも地方によって気質が異なるように、イタリアも南部の人々が普段自分のよく知っている村と異なってとても面白かった。住んでいるといつでも行けるという思いから、なかなか旅行に行かなくなってしまうが、南イタリアはもっといろいろ見て回りたいと思った。(できればもう少し涼しい季節に・・・)。

ウンブリアの人々

ウンブリアの人々

仕留めたいのしし

 東京に来て4カ月以上経った。私にとっては久しぶりの長期滞在。もちろん夫や息子にとっては初めて。イタリアに暮らして14年、毎年1か月の帰国はいつもあたふたしているうちに終わってしまい、心残りになることばかりだったので、1年間日本に滞在できるのはとてもうれしかった。日本に行ったらあれをしてこれをして(あれを食べてこれを食べて)、と出発前はウキウキしたものだ。それとは反対に、ウンブリアの村で仲良くしている人たちに日本に一年間滞在することを伝えると、かなりショックをうけていたようだ。

 それでも皆私が喜んでいることを感じ取ってくれ、出発の前には何度もいろんな家族から夕食に招かれた。 自慢のいのしし料理(もちろん自分たちで捕ってきた大切ないのしし肉)や、焼きたてのフォカッチャなどすばらしいごちそうをふるまってくれ、ずいぶんとよくしてもらった。

 そして東京に着いた途端、店の仕事やら家族のことやら毎日くるくると駒のように動き回り、あっという間に4カ月。ウンブリアのことはもちろんいつも頭にあったが、電話をする時間も気持ちの余裕もほとんどなく、彼らから時々くる便りは心休まるものだった。毎年9月に解禁になる猟で捕れた、熊のように大きな猪の写真、息子の友達の写真などなど、懐かしいと同時に、あまりにも東京での生活とかけ離れているので不思議な気分にもなった。

 そしてクリスマスには、別の友人から手作りパンペパートが二つと我が家のオリーブの木から採れたオリーブペーストが送られてきた。その家は今年オリーブの収穫量が少なくなりそうだと聞いていたので、もし余裕があったらうちのオリーブの木の実も摘んで食べてねと言ってあったのだが、まさか私たちにまで送ってくれるとは。オリーブペーストづくりの手間を知っているものとしては、大変ありがたかった。あのペースト作りの大変さと言ったら、大量に作るからかもしれないが、種抜きが永遠と続くようで肩がこって仕方がないし、頭もキ〜ンと痛くなる。とても人にプレゼントする余裕はないはずだ。

 そして12月24日。向こうではクリスマスは日本の正月のようなもので、おめでとうの挨拶は大切だ。ようやくクリスマスの日に村でイタリア人の夫と暮らすアルバニア人のメリータに電話をしてみた。 すると「キョウコ、今年はあなたたちと同じようにブロッコリーを植えたわよ。そしてあなたが作るのと同じブロッコリーのパスタをいつも食べているわよ」、と言われた。ブロッコリーのパスタはもともと南イタリアのもので、私の暮らす周辺の農家で栽培するようになったのは最近のことだ。 皆を招いて何度かブロッコリーのパスタを作ったら、おいしいと病みつきになったそうだ。ブロッコリーのパスタ料理は、ウンブリアの最高のオリーブオイルと実にマッチすると、村の人と意見が一致。同じイタリアとは言っても南と中部、北部ではずいぶんと食べ物が異なるため、10年前にウンブリアで暮らし始めた頃、農家の人にとってはあまり食べ付けていないものだった。ブロッコリーは地中海沿岸が原産なのに、遠い日本の国で育った私の方がブロッコリーをよく知っていたなんて、いかにイタリアが地方によって異なるのかを実感したものだ。

 このメリータの旦那さんというのが自分の作った野菜と家畜以外はめったに何も口にしない超保守的で知られる人だ。 アルバニアはヨーグルトがとてもおいしく、ヨーグルトを使った料理も豊富だが、旦那さんはそのヨーグルトさえかたくなに食べようしなかった。 アルバニアから持ってきたヨーグルトの種を彼女と私で増やし、いつも、私とシルヴィオと息子、メリータだけが食べていた。アルバニアのヨーグルトは、牛乳やヨーグルトの菌がイタリアのもと異なり、味も強く、種が何か月経っても弱まらなくてとてもおいしい。
 それからアルバニアではポロネギをたくさん食べるそうで、ネギがないと困っていた私と二人でネギを植えて料理を作り、家族や親せきにふるまってみた。それから何年か経って、気づくと近所の店にポロネギの苗が売られるようになった。メリータの旦那さんは、最近ではヨーグルトもネギも大好きになったようだ。あれだけ拒否していたのに、ヨーグルトを食べない自分の娘2人に、「あんたたち、こんなにおいしいのに、どれだけ損しているかわかるかい?」と真剣に説得している(笑)。
 そう考えると、私やシルヴィオやメリータのようなよそ者が入ってきたことで、村に広がったこともいくつかはあるのだなと思える。まだ日本食はローマやミラノのように浸透していないけど、なんとなく“スシ”や“ショーユ”を耳にする機会も増えてきたようだし、10年後の村は一体どうなっているか楽しみだ。

ソニア

ソニア

 子供の頃、テレビで伊藤みどり選手のトリプルアクセルを見て以来、フィギアスケートが大好きになった。イタリアではフィギアスケートはマイナーなスポーツで、テレビではあまり放送しない。
有料のスポーツ放送ではたまにやっているが、なにしろ番組変更が多く、時間を合わせてテレビの前にスタンバイしていても肩透かしを食う。「時間が変更になりました」のお知らせテロップなんてないので「あれー?・・・、あれー???」としばらく違う番組を見続けてがっかりするばかり。イタリアのスポーツ番組はサッカー、サッカー、サッカー、これでもかというほどサッカーなのだ。バレーボールでさえ、南米で世界選手権が行われた時、イタリアチームは優勝したにもかかわらずテレビで放送してなかった。(イタリアは男女ともバレーボールが強い)

 そんなわけで、今度の長期日本滞在中、日本のテレビで存分にフィギアスケートを楽しめた。楽しめたけど、いろいろと腑に落ちない結果で見ていて悲しくなった。あんまり不満に思ったので、ネットでいろいろ検索していると、ソニア・ビアンケッティさんのサイトにたどりついた。お、この人イタリア人じゃん。しかも元ISU(国際スケート連盟)の会長だった人。
シルヴィオにこんな人がいるよと伝えると、シルヴィオはさっそく彼女にメールを送ってみた。すると驚いたことに次の日に返事が返ってきた。なんでも、アメリカでフィギアスケートのジャッジが学ぶための教科書を出版しているそうで、本も送ってくれた。採点基準やショート、フリープログラムのシステムを作った人でもある。

どうしてオリンピックの結果がこうなったか、選手の感想など何度もメールで詳しく教えてくれてとてもうれしかった。日本ではきっと、海外のスケート関係者がどう思っているかを知りたがっているはずだ。そう思って、いくつか日本のマスコミにインタビューできますと売り込んでみたが、なしのつぶて。

 日本語でどういうか知らないけれど、フィギアスケートはイタリア語では「芸術的スケート(Pattinaggio Artistico)」といい、他のヨーロッパのどの国の名詞もこの芸術という言葉がついているとソニアは言っていた。

 本の御礼に私の和食の本(イタリア語)とオリーブオイルのおいしい生活(日本語)を送った。シルヴィオが、ソニアに「この和食の本でトリプルアクセルを決められますように」と手紙に書くよう言ったので、相変わらずすごく良い言い回しを思いつくなと感心して、手紙にその通りつけ加えた。

 何週間かして、ソニアから本が届いたとメールがきた。そしてそこには、さっそく復活祭にむけて和食料理を試しているが、4回転アクセルになりそうだと書いてあってまたまた感心した。この笑いを含めた物言い。イタリア人て、言い回しがいつも絶妙だなと思う。思ったことをストレートに伝えるのではなく、いつも一ひねり入れていろんな意味を含めるような言い回し。たとえば、以前デンマークから日本とイタリアに同時に絵ハガキを送ったら、日本には4日で届いたのに、イタリアには1カ月以上かかって着いたと話しをした。友人はあきれて、「まあ、イタリアに入ってからは徒歩できたのかしら」と返してきた。なんか怒りを通り越して笑いにかわってしまった。

 ソニアは今回の世界選手権の記事を書いているが、きっと今度の記事はKyokoも気に入るはずだと言っていたので、楽しみにしている。

ソニア・ビアンケッティさんのサイト

http://www.soniabianchetti.com(英語)